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神から離れた人間

 

現在皆様は、自分が生きていると思ってみえます。自分が固有名詞を持って生きています。固有名詞の人間として、生きているという事は、神から離れて生きておいでになるのです。これは死んでいることになるのです。すでに死んでいるにも係わらず、生きていると思っている。これが間遠っているのです。
命を持っているものが、神から離れてしまっていることが死です。命の主は神です。命の主が神であるにも係わらず、神の前から離れてしまっている。
神はアブラハムに、汝わが前に歩みて仝かれと言っています。ところが、神の前に歩むことをしない。神の後に立っている。神と別々に生きている。神なんかあるもんか、地獄なんかあるもんかという感覚で生きている。それがもうすでに死んでしまっているのです。
死んでしまっている人間には、神が分からないのです。神と別れて生きています。神と離れて生きています。神と無縁になっているので、神が分かるはずがないのです。
皆様は現在、固有名詞の人間として生きておいでになります。自尊心と自由意志と、基本的人権によって生きておいでになります。こういう悪い感覚で生きておいでになる。だから皆様は、自分自身の命があると思っているでしょう。これが死んでいる証拠です。死んでしまっているから、死が分からないのです。
皆様に、神を信じる熱心さが足りないと言いましたが、熱心さが足りないというよりも、皆様は基本的に神を信じていないのです。実体的に言いますと、皆様の霊魂は、まだ神の前に出ていません。
あんまりありのままのことをはっきり申し上げますと、皆様はやる気をなくしてしまわれるでしょう。私は皆様をできるだけ神の前に連れていかなければいけないと考えて、皆様を甘やかして神の前に連れていこうとしているのです。それでもしないよりはましでしょう。
皆様方が固有名詞で生きている以上、皆様の霊魂は神を知らないのです。固有名詞で生きることをやめなければ、神は分かりません。固有名詞で生きることをやめると、神の前に生きる方法がはっきり分かるのです。
固有名詞で生きることをやめると、人格が統合するのです。固有名詞で生きている間は、人格はばらばらです。68億の人格は分裂しているのです。一人の人格が68億に分裂している。68億に分裂している。68億に分裂している人格の一人として、皆様は生きていて、自分の利害得失を考えている。これが現代文明の根本的な間違いです。
現代文明は個々の人格を認めています。人権を認めています。これが間違っているのです。自分の意見とか、自分の利害得失を持っている間はだめです。これを持っている間は、生ける神の子ではありません。ジーザス・アズ・ロードとは違います。イエスを主としていないのです。その信仰は本当の信仰ではありません。
信仰というのは、自分自身が生きている命が、そのままイエスであると実感できることをいうのです。イエスの名において自分が見えるような状態を指すのです。
人間は神から離れてしまっている。だから、死が恐ろしくないのです。死に対して、魂が震えおののくという素朴さ、純粋さがないことが、現代人の最大の欠陥です。死を恐れるという乙女心のような気持ちがないことが、現在のキリスト教のもっとも悪い点です。
自分が救われようと考えている。自分が天国へ行こうと考えている。これはけしからんことです。
神の前に出ていない者は、固有名詞の人間を信じている。固有名詞の自分が、分かるとか分からないとかを考えている。この考えを持っている間は、死を恐れるという純粋な気持ちを神が与えません。
本当に地獄へ行くのが恐ろしいと思える人は、素朴な人です。地獄へ行くのが本当に恐ろしいと心から言える人は、神に近い人です。現代人にはそういう人は、非常に少ないでしょう。皆様はその一人になって頂きたいのです。
皆様は神から離れています。固有名詞で生きていることが間違っています。だから、死が恐ろしくない。すでに死んでいるからです。
死に対して恐れることができる人が、聖書を本当に勉強したい、聖書を勉強して神に入ってしまいたいという願いを持つことができるのです。
水と霊から新しく生まれて神の国に入りなさいと、イエスが言っています。水と霊から新しく生まれて神の国に入りたいと本当に願うなら、まず今の自分から出てしまいたいと
思うべきです。固有名詞の自分から出るべきです。
皆様の心臓が動いていることが神です。目が見えることが神です。その神に従って頂きたい。
皆様は心臓が動いていることに従って生きていません。自分の常識に従って生きている。自分の知識に従って生きている。日本人の常識に従って生きています。これをやめるのです。
肉の思いは死であるとパウロは言っていますが、皆様は肉体人間としての自分が生きていると思っているでしょう。これが肉の思いです。肉の思いを持っている人は、すでに死んでいる人です。これが聖書の正しい見方です。
 

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